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再び6月の北京へ(オプションC編)

2008年06月22日
オプションツアーCは、申し込み時点では場所も参加メンバーさんも非公開のミステリーツアーと言うことになっており、媛媛は来ないだろうと思っていた私は、実はあまり期待していなかった。会場である[金库KTV]というカラオケ屋さんの地図が当日渡され、参加者はそれぞれ自力で来てくれと言うことだった。タクシーに分乗して会場に着くと、カラオケ店の2階のかなり広い部屋に案内された。交流会会場よりも広いかも知れない。私はカラオケステージ前のテーブルに座り、同じテーブルになったZさんに経緯を話し先ほどのオークションのお礼を言った。Zさんは「てっきりmasaruさんが落札するだろうと思って最低価格で入れた」と言った。よかった。

10分ぐらい遅れてこのオプションCに参加するメンバーさんが入ってきた。健楠さん、松梅さん、蒋瑾さん、仲宝さん、媛媛、そしてこのオプションツアーの世話人のテンちゃんの6名が参加してくれた。飲み物はビールと水割り、テーブルには果物・ケーキ・ナッツ類がサービスで出てきた。先ずこのオプションツアーのカラオケ店はテンちゃんが企画、予約やその他のコーディネートをしてくれたことの紹介があり、の中央テーブル付近に全員集合、乾杯した。ここで庄さんから、「テンちゃんに歌ってもらいましょうか?」との発言があり、会場はテンちゃんコールにつつまれた。曲名はメモでもしていないと憶えていないが、テンちゃんは歌手としても十分に通用するのではないかと思えるぐらい上手かった。テンちゃんに続き、宝ちゃん、次にファン3人出て[乾杯]を歌ったが、途中松梅さんも客席から参加!?皆さん日本の歌もよく知っているようだ。続いて松梅さんがテレサテンの[千言萬語]を歌ったが、オケのほうが途中で音飛び続発して残念、どうもメンテナンスが悪いのだろう。続いて健楠さん、媛媛、最後に蒋瑾さんが歌った。私は媛媛と正面のモニタで歌詞を交互に見ていたが、もちろんすべての意味は分からないが何やら難しい歌詞であった。カラオケで唄う歌は恋や失恋の歌が多いと思うのだけど、哲学的な?歌詞のように感じた。
隣にいたkさんが言った。
「孫媛さんを見ているときのmasaruさんの写真を撮っておきたかったよ」
そう、このオプションCではまた撮影は一切禁止になっていた。
「えっ?そんなおもしろい顔していた?」
「身を乗り出して口をポカ~ンと開けていた」
「・・・松坂でのT親父さん状態ってこと」
「たぶん・・」

メンバーさんが全員歌い終えたあと、あとは皆さんで適当に盛り上がってくださいね、という雰囲気でそれぞれ携帯をかけたりしている人もいた。時計を見るともう11時に近かった。何人かのファン参加者がステージに上がった。中国語で歌う人あり、(元)すんてぃんずのデュオあり、“こういう場では目立ってなんぼ”というようにノリノリの人もいた。
メンバーさんは明日から南寧での仕事がある、朝が早いと言うことで、最後に6人全員でステージに上がり、「(中国語版)時の流れに身をまかせ」を歌ってくれた。1フレーズずつマイクをまわし順番にソロも入れてくれた。そして最後にまた中央テーブル付近に全員集合、もう一度乾杯のあと、またしても庄さんの音頭で一本締め、拍手でメンバーさんを送り出し、メンバーさんの生カラオケという感動もののオプションCもお開きになり、またそれぞれタクシーに分乗しホテルに戻った。
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再び6月の北京へ(交流会編)

2008年06月22日
いったん部屋に戻り、カメラおよび礼物を抱えて交流会会場である1階のレストランに向かった。受付でテーブル番号が書かれたカードの抽選をし、それから予約していた花束を受け取って会場に入った。カードを見ると5の数字があった。会場に入ると食事用のテーブルをいくつかつなげて作った大きなテーブルが4箇所にあり、それぞれに1~4までの数字が割り振られ、正面には小さなテーブルに7周年記念のケーキが5個、オリンピックの五輪に見立てて置かれていた。5番テーブルがない?と思って探したところ、団体専用ルームの一角に5番テーブル、また反対側のパーティーションの向こうに6番テーブルが設置してある。5,6番テーブルからは正面テーブルのメンバーさんは見えない。メンバーさんの割り振りも抽選と言うことなのであとは運を天に任せるしかない。

10分ほど席で待っただろうか。メンバーさんがそれぞれ私服で入場して来て正面テーブルの後ろに列んだ。一斉にフラッシュがたかれシャッター音が響き渡る。最初に7周年記念ケーキのろうそくを12人で消し、次にシャンパンで乾杯をするというので皆ぞろぞろとケーキの置かれているテーブルのあたりに集まったが、とにかく狭いしカメラを構えている人でごった返している。近くにいる人はメンバーさんとシャンパンで乾杯をしているけど私は全く近寄れなかった。

乾杯が終わるとメンバーさんは料理のおいてあるカウンターの反対側に設置されたテーブルに移動し座っていたが、あまりの混雑に私は状況をよく把握できていなかった。私はいったん席に戻り、カメラを持って媛媛の座っている方へ近づいた。と、見るとみんな左端から列を作っているではないか!?私は近くにいたNさんに訊いた。
「この列は何なの?」
「サイン会だよ」
「サイン会って・・?何の?」
「何でも、自分に好き何ものにサインをしてくれるんじゃない?」
(えっ!?いきなりかよ!いつもそれは最後にあるんじゃないか?)
私は焦り、慌ててTシャツとペンを取りに自分の席に戻った。
実は、私は今回Tシャツにサインをしてもらうために特別のサインペンを準備していた。それは布地用で、シルク印刷に使うインクと近いもので洗濯をしてもにじみや剥がれがないもので、ひとつはドライヤーで熱風をかけると発泡しふくらむもの、もう一つはラメ入りのキラキラインクだった。しかしすぐに使えるものではなく、何度もペン先を押しながら中のボールをカタカタとよく振りインクをペン先に導出しなければならないものであることはわかっていたので、その準備は食事中にゆっくりやろうと思っていた。結局サインペン3色を準備するのに5分ぐらいかかってしまい、Tシャツとサインペンを持って再び列んだときにはもう最後に近かった。

私は最初の松梅さんの前に、事務局が販売したTシャツをひろげ、ラメ入りサインペンを1本渡し言った。
「请用这个光笔,可以吗?」
発音が悪いのできっと聞き取れないのだと思うが松梅さんは「ん?」という表情でペンを見た。私はペンに書いてある“布描き”の文字を指差すと、松梅さんは「あー」と言ってにっこり笑った。松梅さんは書き終わるとTシャツを次の健楠さんに渡し何か言っていた。私は健楠さんに別の色のペンを渡した。健楠さんがサインを書いている間に、私は隣に座っているテンちゃんに持ってきたTシャツを渡し、
「これはk。さんへのおみやげ」
と日本語で言った。テンちゃんは
「あー!k。? OK!」
と言って手に持っていた黒のマジックインクでサインを書いた。一瞬の出来事だった。せっかく持ってきた洗濯しても滲まないペンを渡す間もなかった。健楠さんは書き終わったTシャツをテンちゃんに回し、文字が光に反射してキラキラするのを見て「好看!」と言った。
サイン会が終わるとメンバーさんが描くテーブルに割り振られ、食事タイムとなった。私たちの5番テーブルには菁菁さんとテンちゃんが来た。媛媛は・・?と見るとかなり離れた2番テーブルに座っていた。まあいいか、前回はほとんど料理を食べていないので今回はヤケ食いでもするか・・なんて考えていると、通訳さんが私のところに来て、テンちゃんがそこに座るので席を空けてくれと言った。結局長テーブルの端になり、カウンターの柱の陰でメインルームは全く見えない位置になった。私が料理を取りにカウンターに行くと反対側に媛媛がいた。見るとお皿にほんの少しサラダのようなものとあと西瓜を山盛りにしていた。本当に「吃素」を実践しているのだろうか?(^^;まあ、こういう席だけのことだろうとは思うが、かなりヘンな人だ。

ほどなく、庄さんから席移動解禁のアナウンスがあった。とりあえず全員に持ってきた礼物を渡さなければならないが、会場が狭いこともあり順番待ちの人、写真を撮る人ででかなり混乱している。私は先ず、礼物の袋とラベルが一番汚れてしまった殷焱さんの所に行き、通訳さんを通して往路でワインが割れ、礼物の包装が汚れたことを言った。殷焱さんは「全く構わない」と言い、服のことをとても心配してくれた。私はホテルでクリーニングに出したことを告げたが、赤ワインはクリーニングに出しても元通りにならないかも知れないと言っていた。
それから出来るだけタイミングを見計らって割り込みをして、礼物を渡して1枚ずつ写真を撮っていると途中で庄さんから、
「サイン入りパンダのオークション結果と贈呈をします」
とのアナウンスがあった。そう言えば・・サイン会の時にパンダのぬいぐるみを持っていたような・・。あれはオークションだったのか。私は隣にいたKさんに訊いてみた。
「このオークションっていつやってたの?」
「サイン会の時に入札を締め切ったみたい」
私は全く気付かず、必死でサインペンの準備をしていたところだ・・。
(マズい・・入札をしていない)
媛媛のほうを見ると、パンダのぬいぐるみをふたつ持ちこちらを見てニコッと笑った(ような気がした)。再び私は血の気がすーっと引く思いがし、慌ててその場を離れ、自分の席に戻った。
(でも全員分落札は終わっているはずだから、きっとZさんが落札してくれたんだ。よかった。)

オークションのイベントが終わり、再び私は残っているメンバーさんの礼物を渡してまわった。実は・・、中には全く交代してくれる様子の無い人もいて諦め、時間がないので花束と礼物を持って媛媛のテーブルに向かった。
「媛媛你好!」
媛媛は私が手に持った花束を見て、
啊啊,谢谢!」
と言った。私は花束を手渡しながら
「祝贺你们结成七周年」
と言ってみた。媛媛は聞き取れていないようだった。やはり発音が悪いのだろうなぁ。それから私は側にいた通訳さんを無視するように言ってみた。
「其实,去路我的行李里葡萄酒一瓶碎了,衣服和礼物全部脏了」
媛媛は「ん?」という顔をした。やはりダメだ。私は通訳さんにスーツケースの中でワインのビンが割れ、プレゼントが汚れたことを告げた。通訳さんが言うと媛媛は「啊ー、没問題!」と言った。私は袋からノンビーさんの礼物と信を取り出し、シミのなったところを指差し、「对不起」と言った。媛媛は再び「啊ー、没问题!谢谢!」と言った。それから徳さんの礼物と自分の礼物を渡し、ノンビーさんが合羽橋で仕入れてくれたソフトクリームのサンプルを別の袋に入れていたことに気がついた。
「还有一个,请等一下」
と言ったが通じたのか否かわからなかったので通訳さんに「もう一つあるのでちょっと待って下さい」と言って席に戻った。こんな短い言葉でもやはり発音が悪いのかなぁ・・と落ち込んでしまった。この時点で、礼物を持った写真を撮ることはすっかり忘れていた。

ソフトクリームのサンプルを媛媛に見せると、通訳さんと一緒に「あーっ」と言って笑った。私は通訳さんに、「これを使って、誰かを騙しましょう!」と言った。媛媛は「おー、頭いい!」といった。私が「先ずはこのあいだのお返しに松梅さんを騙しましょう」と通訳さんに言い終わらないうちに、媛媛はすでにひとりで松梅さんのテーブルのほうに歩きはじめた。(ちょっとー!置いていかないでよー!)私は媛媛のあとを追いかけた。
媛媛は松梅さんのもとに行くと、ソフトクリームのひとつを松梅さんの顔に近づけ何か言った。松梅さんは「きゃー!」と言い、それからそのソフトクリームを見て笑いながら何か言っているが、言葉が全くわからないのが辛い。そのうち何事かとまわりに人だかりが出来、媛媛と松梅さんは二人でソフトクリームを持っていろんなポーズをし、すっかり撮影会モデルになっていた。その中にいたNさんが気を利かして、「masaruさん、スリーショットを撮ってあげるよ」と言ってくれたので、媛媛のほうに近づくと真ん中に入れてくれてソフトクリームを私の顔の前に持ってきた。その後一通り写真が終わると松梅さんはソフトクリームを手に持って健楠さんのところに行きソフトクリームを差し出し何か言った。健楠さんはおどけてそれをかじるふりをした。
そのとき、庄さんから
「次の予定があるのでそろそろお開きにします」
というアナウンスがあった。まだ日本から持っていった笛子に媛媛のサインをもらわなければならない。私は慌てて席に戻り、笛子の半分とペンを持って媛媛の所へ行き、笛子とペンを渡し、
「请给我签名」
「我的名字?」
「对!」
この時点で時間が無く、笛用に準備した白のサインペンは準備できず、先ほどの布用サインペンなのでとても目立たない色になってしまったが、結果的にはいいかも知れない。その後庄さんの音頭の一本締めで交流会はお開きになり、メンバーさんが退場することになった。媛媛は礼物をまとめて入れる袋が無くて困っているようだったので、私が持ってきた袋を取りに行ってそれに詰め込んだ。それほど多くはない荷物だったが(運ぶのを手伝った方がいいかな?)と思っているうちに媛媛は急ぎ足で出て行った。

再び6月の北京へ(コンサート編)

2008年06月22日
17時にコンサート会場に行くと斉藤さんから、
「入場は受付順で好きな席に座り、コンサート終了後に予約していた花束を渡してください。」
との説明があった。
私は最後まで参加できるか分からなかったので申し込みは日程変更後のギリギリ、たぶん最後だと思っていたが私の後ろにTさんがいた。見ると花束を持っていない。聞くと交流会の花束しか予約していないと言う。確か・・ビンちゃんファンは他には参加していないはず。私は昨年12月のことが頭をよぎった。
「それは絶対にまずいよ!なんとかしなきゃ。Lさんが3つ持っているからひとつまわしてもらえないかな?」
Tさんもようやく拙いということに気づいたようで、何人かに交渉して今回最大派閥のNさんから譲り受けた。よかった!でも・・事務局も昨年の反省から、昨日到着バスの中で渡す人を確認したはずなのだが・・・?

私が会場に入ったときはもう一番後ろの列しか空いていなく、その中ほど、媛媛がなんとか見えるだろう椅子に座った。コンサートが始まり楽坊メンバーは黄色の衣装で入場、媛媛の髪型は少しカールのかかったロング、2006年日本公演の時に近いだろうか。エクステンションかもしれないけど私はこの髪型は好きだ。体調は良さそうで演奏中も笑顔が多かった。ビデオカメラは正面高い台から固定1台、移動カメラも正面、左右と3台入っていて、右の移動カメラはかなり媛媛のアップを撮っていたように思った。媛媛もカメラは意識しているようで、時々客席から視線を外しカメラに視線をやっていた。DVDが楽しみだ。

期待していた新曲2曲というのは、結局レイちゃんの独弦琴ソロと媛媛の葫芦丝ソロの2曲。これはこれですばらしい演奏だったが、一方でやはりもう全員の合奏での新曲の可能性は無くなったのかと、少し寂しい気になった。
演奏のレポートは他の人に任せて、ここでは曲順だけを紹介しておく。
1. 流転
2. シャイニングエナジー
3. コンドルは飛んでいく
4. 花まつり
5. 涙そうそう
6. (雷滢独弦琴独奏)
7. バッハトリビュート (孫婷・蒋瑾)
8. 山水 (石娟・周健楠)
9. (孙媛葫芦丝独奏)
10.チャルダッシュ (孫婷)
11.最初から今まで
12.タイタニックのテーマ
13.カントリーロード~トップオブザワールド
14.王宮の花火~歓喜の歌
15.勝利
(アンコール)
16.リールアラウンドザサン
17.自由

たった36名のために通常のコンサートと同じ曲数、まさにプレミアムコンサートと呼ぶのにふさわしい贅沢なコンサートだ。コンサートの途中、庄さんの挨拶のあとにわざわざメンバーコールタイムがあったが、全員で均等に叫ぶので面白味には欠け無理してやることはないのでは?と言う気がした。
コンサート終了後の花束プレゼント、私が持って行ったときには媛媛はすでにZさんの花束を抱えてニコニコしていた。私は手渡すときに、「祝贺结成七周年!」と言うつもりだったが、媛媛が先に「谢谢」と言ったのでタイミングがずれて結局言えなかった。
花束贈呈のあと、今回のツアー特典として参加者全員がメンバーさん12人との記念写真タイムがあった。12人列んでいる左右の端に入る人、自分のお気に入りのメンバーさんの横に強引に割り込む人、様々である。私も媛媛と松梅さんの間に立ち、「お願いします」というようなかたちでお辞儀をしたが、左右の人が動かないと隙間をつくってもらえないのでどうしてもタイムラグがある。私にはこの一瞬がとても長く感じてドキドキした。

再び6月の北京へ(市内散策編)

2008年06月21日
8時過ぎにロビーに行くとMさん、Kさんがすでに待っていた。実は私は今回の北京で行ってみたいところが二つあった。先ずは『雍和宫』、もう一つは松梅さんが旧OFCの取材を受けた後に(ENERGY Vol.6 または知られざる素顔P.60参照)新浪BLOGで北京のおすすめスポットとして紹介した、地安门から什刹海の前海沿いに続く『荷花市场』そこから后海に続く『银锭桥』付近である。Mさんはオリンピックのメインスタジアム(鳥の巣)を見たいと言うこと、Kさんは特に希望はない、そこで私の2番目の方の希望を告げると皆快く承諾してくれ、とりあえず地下鉄に乗ってみようと言うことで出かけた。

北京の地下鉄は現在のところ市内中心部の環状線(2号線)、東西に延びる1号線、南北に走る5号線、2号線の北にシティレールと呼ばれる高架を走る環状13号線、至ってシンプルである。と言うよりこれで観光地をカバーできるわけが無く、通常はバスを使うのが一般的と言われるが、バスは路線と行き先がわかりにくく、初めての私たちにとってはハードルが高いので歩くこと覚悟で地下鉄を選ぶ。まずは私の希望の后海あたりに行こうということになり、一番近そうな駅は環状線の[鼓楼大街]、現在地は[東単]、選択肢は二つ(A) 1号線に乗り[建国门]で環状線に乗り換え (B) 5号線に乗り[雍和宫]で環状線に乗り換えなのだが、全く初めてで乗り換えに自信がない私たちは地下鉄一駅分歩いて直接環状線の[崇文门]へ(^^;。後から分かったのだけど乗り換え方法は東京の地下鉄と全く変わりはなかった。北京の地下鉄も自動券売機と自動改札になったことにより、言葉をしゃべれない旅行者もずいぶんハードルが低くなった。

[鼓楼大街]駅で降りた私たちは広い通りを南に向かって歩き始めた。このあたりは少し路地に入ると胡同が残っているようだが、工事中の物も多い。それから気がついたことは大通りを歩いている限りでは新しい[公共卫生间]が東京よりも目につく。オリンピックの産物だと思うが、これは旅行者にとってはありがたい。大通りを外れたところにあるトイレは、リフォームはしてあるものの昔ながらのオープンなトイレのようだ。しばらく歩くと『钟楼』と『鼓楼』が並ぶ広場に出た。どちらかに入ってみようということで、建物がきれいな『鼓楼』の方を選びチケットを買い、とても急な購買の階段を上がると、ヨーロッパ系の団体ツアー客が何人かいた。隣の『钟楼』の巨大な鐘とともに、かつては時を告げる目的で作られた直径2メートルはあろうと思われる大太鼓が20ぐらい展示してあり、30分ごとに1分ほどの実演もあった。高さ50メートルほどの楼上の回廊からは胡同の町並みが一望できるのだが、この時期の北京はいつも霞がかかったようで写真を撮ってもダメだった。

『鼓楼』をあとにした私たちは后海と前海を隔てる『银锭桥』に向かった。ここは観光客でとても賑わっており、古い町並みの中に外国のファーストフード店があったり、伝統と近代的なものが入り交じった不思議な景観だ。ここから前海沿いの『荷花市场』と呼ばれる通りは、湖側には椅子テーブルが並べられて飲食しながら景色を楽しみ休憩できるようになっていて、伝統的なたたずまいを見せる店が続いているが、夜になれば派手なネオンのバー街に変身するらしい。ただ、『银锭桥』付近で観光客に声をかけてくる胡同巡りの三輪自転車の客引きは、断っても断ってもしつこくていささか閉口した。私たちは次の予定の時間配分が見えないので今回は三輪自転車での胡同巡りはパスしたが、これに乗ると四合院や家の中まで案内してくれるそうなので次の機会があったらぜひ乗ってみたい。

『荷花市场』入り口から私たちはタクシーに乗ってオリンピックメインスタジアムへ行くことにした。と言ってもまだ一部工事中で遠くから写真を撮るだけだが。Mさんが地図を指すと運転手はわかったというジェスチャーで走り出し、20分ぐらい走ったところで運転手が前方を指さし、
「あれがそうだ、ここでいいか?」
というようなことを言った。私たちは「OK」と言い、自動車専用道路のジャンクションのランプで降りた。車がビュンビュン飛ばしていく傍らで多くの観光客が記念写真を撮っていたが、これは危険極まりない。すぐに歩道がある下の道に下りた。“鳥の巣”の上にはまだ巨大なクレーンが見えていて、ここでもミストか埃なのか分からないが写真を撮っても全くコントラストのないものになる。一通り写真を撮ってお昼近くになったので何か食べようと言うことになったが、この北四環状線のあたりでは食堂はありそうもない。また地下鉄に乗って市内中心部へ戻ろうということになり、南北に走る5号線の惠新西街南站をめざして歩き始めたが、重い荷物を背負っている、蒸し暑い、道路の横断が難しいなどなどでこの30分はかなり疲れた。やっと地下鉄の駅に着いたところで私は、
「途中、雍和宫駅で降りて何か食べませんか?」
と聞いてみた。Mさん、Kさんも同意してくれたので雍和宮駅で地下鉄を降り、地坛公园の入り口にある広東料理のレストラン[金鼎轩]に向かった。ここはガイドブックにも載っている観光客にも超人気の広東料理の店で、店の外にも順番待ちの人が溢れていた。暑さと空腹も重なりかなり疲れてきたが、これは待っていても無理そうなので道路を渡ったが食堂らしきものは見あたらない・・とそのとき、路地を少し入ったところに1軒の中国東北地方家常菜食堂があった。(助かったぁ・・・)私たちはテーブルに着くと先ずビールを注文した。それから炒めもの、東坡肉(のようなもの)、お皿山盛りの水餃子とどれもうまい!かなり満腹になり、お勘定は?というと・・3人でビール飲んで腹一杯食べて72元(1,150円ぐらい)、とても満足したのであえてお店の名前を紹介、雍和宫駅近くの[满堂红]です!
[满堂红]


店を出て私は第1の希望を切り出した。
「実は、ここで降りたのは・・是非とも雍和宫にお参りがしたいのですが、つきあってもらえますか?」
「ああ、まだ時間はあるしいいよ」
「すみませんね。たぶん参拝料25元取られるのですが。実は、雍和宫はNHKで放送した〔美しき中国のミューズたち〕の中で、孙媛さんが大きな線香を上げていたところなのです。毎年正月に線香を上げに来ているところです」
「じゃ、同じように線香を上げているところを写真に撮ればいいのね^^」
「いやぁ、まあ、撮ってもらえるとうれしいですけど」
門に続く道路の脇にはずっと線香を売る出店が並んでいる。大きさと入っている本数により2元~30元ぐらいまで値札がかかっており、私は比較的大きめで20本ぐらい入ったものを10元で買った。チケットを買って中に入り、最初の大きな門をくぐると大きな焼香台(といっても巨大な鉄鍋のようなもの)が二つ置いてあり、煙が立ち上っていた。私はとりあえず人のやっているのを見ることにした。線香の本数は何本でもよくて、焼香台から火を付けたら頭の上にかざし三礼する、そして線香はまた焼香台に投げ入れていた。私はMさんにカメラを渡し、同じように線香を上げるところを撮ってもらいながらふと思った。(これは、どうしても同じところで写真が撮りたいと、明日の便をずらしガイドを雇って天坛公园に行く12さんと同じことをやっているのだなぁ・・・彼のことを笑えないなぁ・・と。)
ひと通り写真を撮り、また地下鉄に乗り、ホテルに戻ったのは15時前、スペシャルコンサートと交流会まであと2時間だった。

再び6月の北京へ(オプションA編)

2008年06月21日
オプションAの集合時間まであと40分、とにかく暑いための汗と冷や汗を流さなければならない。たまたまポリ袋に入れていて助かった下着類をもってシャワーを浴び、そして礼物の包装が乾くように並べ広げて集合のロビーに向かった。
オプションAは18時からの火鍋料理店が目玉商品となっているが、その前に16時からチャイナ式アロマテラピーショップ『桃花源記養生会館』でマッサージを受けられる。バスはほぼ予定通りに着き、入り口が狭く込み入った店の中に入っていくと、廊下に古筝が置いてあった。10畳も無いと思われる一室に案内されると、殷焱さん、石娟さん、菁菁さんがすでに待っていてくれた。ここで庄さんから
「今日は皆さんに特別に、殷焱さん、石娟さん、菁菁さんのアコースティックの演奏を聴いてもらう予定でしたが、ご覧のように部屋が狭いために古筝が置けません。それで、殷焱さん、石娟さんのお二人に演奏してもらいます。マッサージの方は準備が出来ましたら半分に分けて順番に行ってもらいます。じゃ、始めに質問タイムをとります。何か質問はありますか?」
私は真っ先に手を挙げて聞いてみた。
「菁菁さん、今日このあとの火鍋は大丈夫ですか?殷焱さんに鍛えられたのですか?」
菁菁さんは
「大丈夫よ」
すると殷焱さんが、
「私と菁菁はよく一緒に火鍋を食べに行くのよ。日本でも一緒に赤坂のお店に行ったわ」

その後も質問に受け答えする間、シャッター音とフラッシュの光の途絶えることはなく、しばらく質問が続いた後に、石娟さんが『十面埋伏』、殷焱さんが『二泉映月』のフルパートを演奏してくれた。至近距離でアコースティックでの繊細な二胡、琵琶の迫力ある音に引き込ませた。やはり演奏中にもフラッシュは続いていたが。その後お茶と果物でゆっくりしていたら、もうみんなマッサージを終えたらしくて、あわてて行くと・・結局最後になってしまい、30分間のマッサージは気持ちよくてついうとうとしてしまった。
『桃花源記養生会館』

『桃花源記』を後にした私たちは再びバスに乗り、成都では有名な火鍋店の支店『炮子火锅北京店』(だと思うのですが違っていたらごめんなさい)に向かった。到着したのは19時前だっただろうか、そこはビルの中ではなく、まるでチベット仏教寺院のような極彩色の建物だった。会場の大きな部屋に入ると大きなテーブルが五つサイコロの目の形に配置されており、その中央のメンバーさんのテーブルの一角には麻辣汤だけの大鍋があった。ファン参加者の各テーブルには麻辣汤と白汤2色鍋が二つずつ、すでにグツグツと煮立っていた。ここで庄さんから、本日のイベント『ファンクラブツアー参加者 VS. 殷焱、石娟、马菁菁 滋養強壮超絶激辛ガチンコ勝負!』(長い・・・けどベタなネーミング)の参加者受付があった。私は四川苑で鍛えられているつもりなのでもちろんエントリーした。
メニューは四川苑でもおなじみのものに加え、庄さんが特別に選んだという下手物類が並んでいた。いろんなモツ類(内蔵)は見た目違和感があるが、よく煮込んでしまえばどれも味は一緒になるのが火鍋のいいところかもしれない。麻辣汤の辛さであるが、四川苑とそれほど変わらなく、つけダレは四川苑のほうがおいしいという気がした。しばらく食事を楽しんだ後、皆でセンターテーブルを取り囲み『ガチンコ勝負!』が始まった。ファンからのエントリーは9名、すでにお店の人が湯飲みぐらいの器に取り分けてくれた具を最後まで食べきるというルールだ。これがまた鴨の舌やかえるなどは骨がほとんどで食べにくい。しかし、庄さんの予想に反して全員難なく食べきり勝負はつかず、後は勝手に食べて!という雰囲気になってしまった。庄さんが賞品に準備した唐辛子は希望者に配られ、それぞれ生でかじって食べた。強がって食べたがそのうちに口の中やのどの奥が痛くなり傍にあった白菜や瓜のようなもの?を生でかじってしまった。その後も写真撮影や歓談が続き、お開きになったのは10時前、それからまたバスでホテルに戻ったのは11時前ぐらいだっただろうか。クリーニングに出したシャツとズボンが戻っていた。
『炮子火鍋北京店』


ホテルの部屋の戻った私たちは早速明日のワインプレゼントの準備に取りかかった。Tさん特製のラベルを貼り、参加者が準備したタグプレートを付け、それぞれ手渡し担当者に分配した。明日はオプションBの後、いよいよ本番の交流会であるが、テンちゃんとクンさんには申し訳ないのだが、実は私はオプションBをパスしていた。昨年6月の交流会の時、オプションツアーのバスに乗っている以外は全く外に出なかった。と言うより、そんな時間も無く、中国(北京)に旅行したという意識を全く持てず、残念でならなかった。オプションをパスして自分で市内散策をした朋友がうらやましかった。
私は今回2度目の北京交流会に参加するに当たって、重点目標を二つ決めていた。一つは、出来るだけ通訳さんを通さずに媛媛と会話を試みること。写真は二の次でいい。そのためにカメラのレンズも標準ズームと明るい広角単焦点2本に絞り、離れたところから撮る気は全くなかったのでストロボも持って行くのはやめた。二つめは自分で地下鉄に乗り市内散策をすること。そのために北京のガイドブックを見て自分で可能なコースを調べていたが、東京にように縦横無尽に地下鉄が走っているわけでもなく、相当歩くことになることは覚悟していた。やはりオプションBをパスしたMさん、Kさんを誘って一緒に市内観光に出かける約束をして眠りについた。

明け方5時ぐらいだっただろうか、私は猛烈な腹痛に襲われ目が覚めた。それから皆が起き出す時間まで何度もトイレに駆け込むことに・・・。そういえば、火鍋ではどうってこと無かったが、賞品のあの唐辛子を生で食べた後、猛烈に辛くて口の中が痺れていたので、これは明日ヤバイかな?といういやな予感はしていた。皆が起き出し朝食の時間となった。胃に何か入れた方がいいと思いおかゆを少し食べたが胃の痛みは治まらなかった。それでも今日は市内散策に出かけなければならない。オプションBに出かける同室のPさんがくれた薬を飲み、またトイレに行ってから待ち合わせのロビーに降りた。北京で火を通さない生ものを食べることは・・それも生の唐辛子は自殺行為である。
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